2025年11月20日:古文書再発見のお知らせ
〜松尾大社と前田家の関わり〜
松尾大社では、東京大学史料編纂所の調査の受け入れをはじめ、年間を通じて史資料の調査を行っています。今回の調査で「前田利長書下」が確認出来ました。
『松尾大社史料集』は大正期に古文書学の泰斗である中村直勝に目録作成を依頼し、それを基にして翻刻を進めております。今回はそれらの中でも「禁制」について調査を実施しておりました。史料集番号115号には「前田家長禁制」があります。慶長5年(1600)に発給されたもので、このほか「福島正則・池田輝政連署禁制」(史料集58号)、「徳川家康禁制」(史料集59号)と、関ヶ原の合戦後に発給された禁制が複数遺されています。
「前田家長禁制」について、当社では前田家長によって発給された文書として伝わっておりましたが、関ヶ原の合戦後の動向などを踏まえて、再調査を行い前田利長が発給したものと判明いたしました。
石田三成の西軍と徳川家康率いる東軍とで、関ヶ原の合戦が行われたのが9月15日であり、福島・池田らの禁制は9月19日に出されています。その後、徳川家康が9月21日に改めて禁制を発給していました。
前田利長は、関ヶ原の合戦時には北陸におり、戦いのあと徳川家康に合流しております。利長は家康の命を受けて京都から大坂に進軍するさなか、9月26日に西岡に着陣しており、そこで当社からの依頼を受けて当該文書を発給したと考えられます。
文書は「禁制」の形式ではなく、漢字かな入り交じり文で記されており、大坂へ向かう最中、加賀藩の軍勢が社領での乱暴狼藉を禁止することが明記されております。
以上のことから、禁制の内容をもつ「書下」と判断致しました。
この「前田利長書下」は前田家関連史料を収集している『加賀藩史料』などにも収録されておらず、今後の加賀藩や前田利長の研究に資するものと考えております。
当社所蔵の古文書はおおよそ2,500点遺されており、整理段階の史料も多くあります。
今後も調査を実施してまいります。関係各位の御高配を賜りますようお願い申し上げます。


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